旅行・地域

津軽海峡冬景色 その4

 
 

階段国道を降りて行くと、最初の数十メートルは雪で埋もれて階段が見えない状態が多かった。
 

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中腹まで来ると、展望所のような広い場所になっていて、町内会の集会所のような建物もあった。
「階段国道339号線」の標識も立っていた。

 

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この中腹から下は、日当たりも良くなるせいか、雪が少なくなってきた。
標高が低くなって海水の保温効果もいくらか加わるためでもある。
 

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急斜面に対して、一定の勾配で階段を設置するために、
ジグザグに何度も折り返すようになっていた。
 

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いちおう国道なので、真ん中の手すりは中央分離帯。
歩行者は右側を歩かなければならないとされているようだ。
 

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そして民家の前までくると、階段は終わりになる。
 

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階段は終わりでも、車が通る大通りまではまだ距離も高さも残っている。
ここからがアメージングだった。
 

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住宅の玄関先や家と家の間の細い通路を通り抜けて行く。
 

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これも国道の一部だよな?と考えながら歩いてしまった。
 

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車や重機が入れない奥の家では、建て替えなどするときはどうするのだろう。
人力だけでやるのだろうか、という疑問を感じた。
 

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ちょっとした階段とスロープのところもあったり、
ここでも何度も直角に曲がって進むので、ちょっとした迷路のようだ。

   

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階段が終わってからも百メートルくらいは歩いたような気がした。
やっと車道に出ると、高台側の入り口と同じ案内看板が立っていた。
地図の向きと現在地が変わっている。
 

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ここは漁港や漁業施設などがあり、食堂もあったが、シーズンオフで閉まっていた。

 

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さて、階段国道の由来であるが、国道指定された1974(昭和49)年当時は急な坂道だったが、安全上の問題から坂道が階段に整備され、階段国道になったという。
1974(昭和49)年の国道選定時に、現地を確認せずに国道に指定してしまったための産物である。
つまり、役人が地図や書類だけで認可してしまったということだ。

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 

津軽海峡冬景色 その3

 
 

竜飛崎に来る国道339号線は、東側の海手まわりと西側の山手まわりが折り返すようにつながっている。
地図で見るとヘアピンのように折れ曲がって繋がっているのが分かる。
実際、海手まわりで行ったら通り過ぎてしまい、突き当りの漁港で行き止まりになった。
 

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この折り返し部分は、車やバイクなどで通り抜けることが絶対にできない構造になっていた。
漁港前の海面に近い所と、灯台に近い高台の所とが、階段でつながっているのである。
百聞は一見にしかずということで、ご覧いただこう。
 
 
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標高差70mの階段を、灯台側の高い方から降りてみようとしたら「閉鎖中」の案内板があった。
せっかく来たのに万事休すか、とがっかりしたものの、自己責任ならいいだろうと勝手に解釈して強行突破を試みた。
 
 
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確かにこの雪なら、子供やお年寄りは危ないので閉鎖が妥当だろうと納得した。
この状態で362段・70mを降りるのは大人でもキツイかもしれないと感じた。
続きは次回で。
 
 
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津軽海峡冬景色 その2

 
 

竜飛岬の灯台に着いた時には、日が西にかなり傾いていた。
でも日没前の明るいうちだったので、時間はまだ残っていた。
岬のいちばん高い所に灯台があり、陸つづきの南側以外は海になっている。
 

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「北のはずれ」の部分には、自衛隊の施設があった。
国防上必要なものだろう。近くには海上自衛隊の駐屯地のような建物もあった。
かすんで見えないが、この先20キロ足らずに北海道の南端がある。
 

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西は日本海側になり、北から東にかけて津軽海峡になる。
近くに青函トンネル工事の入口だったところがあるらしいが、
行ってみる時間がないのでパスした。

 

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漁港は岬の東側にあった。
雪や荒波は主に西から来そうなので、納得できるような気がした。
 

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追記:

竜飛崎に来る途中、近くに「義経寺」という看板があった。
源頼朝の衣川攻めから逃げ延びた源義経が、この地から蝦夷(北海道)へ渡ったという伝説があり、
「龍飛崎」は、義経が竜となって北へ飛んでいったという言い伝えに由来しているともいわれている。
 
 

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日が沈むまでいれば、美しい夕日が見られるかもしれないが、
その日のうちに帰れなくなるので断念。
 

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強い風がずっと吹いていて、止むことはなかったと記憶している。
風力発電にはぴったりの土地だ。
 

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次回は日本に一つだけのユニークな国有?の物件を紹介しよう。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

津軽海峡冬景色 その1

 
 

そろそろ暑くなったりする時期になったので、懐かしい雪景色を再開しよう。
斜陽館を出たのが午後2時頃だった。ここに来るまでの間は何度か吹雪にあった。

 

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残る半日で、津軽半島を一周することになった。
次の目的地は最北端の竜飛崎で、北海道までわずか20キロほどの地点である。
地図に示されているように、国道339号線を北上することにした。
 
  

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平野部と海岸沿いは雪も少なく、除雪してあるので問題はなかったが、
竜飛崎まであと10キロ足らずのところまで来て、まさかの通行止めに遭遇した。
山間部(竜泊ライン)は雪のため冬期間は閉鎖されていたのだった。
Uターンしていったん戻り、迂回路の県道を通ることにした。
 
 
 
 
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その途中で、ちょっと珍しい光景を目にした。
消雪パイプなどど呼ばれている設備で、道路にパイプを埋め込んで
路上のノズルから水が出る仕組みである。
これで除雪しなくても路面の雪を融かすことができる。
豪雪地帯では一般的かもしれないが、初めて実物を見た。
 
 
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そしていよいよ竜飛に到着した。
 
 
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斜陽館

 
 

息子が卒業して就職する直前の2週間前、津軽半島に行ってきた。
最初に立ち寄ったのが「斜陽館」。
3年前に「孫ひとり」ブログのesikoさんの記事 を見たことがあるけれども、
実際に行ってみたのは今回が初めてだった。

 
斜陽館(太宰治記念館)は、青森県五所川原市(旧金木町)にある太宰治の生家。
明治40年に建てられた和洋折衷の豪邸である。
階下11室278坪、2階8室116坪、付属建物や泉水を配した庭園など合わせて宅地約680坪あるという。
工事費は当時の金額で約四万円といわれ、今ならおよそ5憶ないし8憶円くらいではないかと試算してみた。
 

 

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猫屋敷 in Aomori

猫屋敷という集落の地名が、青森県にもあるのでついでに立ち寄ってみた。

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バス停とバス停の間にあったので、地名を示すようなものは何も見つからなかった。

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道端に白と赤の梅の花が咲いていた。紅白を意識して植えたのだろう。

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道路わきに置かれた古い長椅子は誰かが座るためだろうか。

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山吹の花もあちこちに盛んに咲いていた。

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最後の桜

盛岡の米内浄水場の桜が今満開という情報を得たので行ってみた。

近隣はみな散ってしまったが、まだ残っている数少ない場所だ。

石割桜や盛岡公園は行ったことがあるが、米内は初めてだった。

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しだれ桜が満開でちょうど見ごろだった。

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桜の写真はやはり難しい。

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コンセプトをはっきりさせていないからポイントが定まらない。

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とりあえず観賞をメインに楽しんで、撮影したものは作例と証拠写真だと思えば気が楽になる。

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ねこバス停

隣町の山里にあるバス停。日中はトトロもねこバスも来ないらしい。

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