文化

浜小屋

 
 

浜小屋とは、漁師の漁具などの置場のことで、
家が海から離れた集落にある場合に建てられる。
天気の悪い日や夜には漁具を作ったり修理する場所としても使われ、
盛漁期には食事や寝泊まりもしたという。

 

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この浜小屋は幕末頃に建てられたもので、広さは二間半×三間。
当時の尺度で、4.75m×5.70mである。
平成5年(1993年)に国の重要文化財に指定されて改修されているとはいえ、
この保存状態の良さは驚異的に見える。

  

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屋根は釘を使わずに松の丸太をワラ縄で縛った寄棟の茅葺き。
側面は松の板。
 
 

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土台が置かれているのは、もちろんコンクリートの基礎ではなく石を敷いただけの基礎。
現存する住宅でもこの基礎がまだ残っているところもある。
  

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内部は、出入り口側の三分の一が土間で、奥の方は松の板敷きで中央に囲炉裏がある。
戸は施錠されていて、管理している博物館に申し込むと見学できる。
 

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午年

 
 

今年は午の年ということで、最もシンボルにふさわしいものを想像していたらこの作品を思い出した。
「午」が方角で南、時刻では午前11時から午後1時までの正午前後、そして季節では夏至の頃と、草花の成長の勢いがピークに達する事象を意味している。
十二支を動物に喩えるのは、大昔、庶民に親しみやすくするためだったが、動物の「馬」と時の「午」を合体させた姿はベストマッチだと思う。
積もっている雪は「午」の季節ではないが、年の始めの冬ということで…。

 

作品名は「フラワー・ホース」 チェ・ジョンファ(韓国)。
十和田市現代美術館・常設展示
 

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中世の水田跡

地元の新聞のWEBニュースで、中世時代の水田の跡が発見されたとあった。(以下引用)
 
青森県八戸市南郷区島守の「沢代」と「巻」の2カ所に、日本で農村が形成された鎌倉時代後期のものとみられる水田跡が残っていることが3日までに、東北芸術工科大(山形県)の研究グループの調査で分かった。全国で中世の水田跡が確認されているのは、共に文化庁の重要文化的景観に指定されている岩手県一関市本寺地区(旧骨寺(ほねでら)村)と、大分県豊後高田市の田染荘小崎(たしぶのしょうおさき)地区だけ。学術的に裏付けられれば、南郷区島守が3例目となる可能性が高く、専門家は「日本の農村の成り立ちを知る上で、歴史的にも非常に貴重だ」としている。(引用終わり)
 
鎌倉時代後期というと1300年頃で、今から700年前になる。
当時の領主が書いた古記録の記述から判明したという。
ではなぜ今まで判らなかったのかというと、記録には地名が「すまもり」と平仮で書かれていて、それが何処を指すのか不明だったとのこと。
この集落は「しまもり(島守)」なので、一致しないと考えられていたようだ。
ところが、研究者が地元の人の話を聞くと、「しまもり」が訛って「すまもり」と呼ばれていて、当時は発声のまま記述されていたことになり、一気に解明が進み謎が解けたというわけである。
 
「沢代」地区の水田。今は普通の田んぼと変わらない。
川のほとりだが、昔は川からではなく湧水を引いて利用していたようだ。
 
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「巻」地区。こちらは田んぼはなく、畑や牧草地になっていた。
  
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高台から俯瞰した様子。
左端が沢代で、右下が巻になる。
  
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猫はなぜ神様として崇拝されたのか?

 
ペットとしての猫は、犬に比べると半分以下の少数派にもかかわらず、歴史の中では神格性を与えられて崇拝されている。その典型は古代エジプトだが、日本でも猫を祀った神社などが多数あり、猫の持つ神性と神秘性はベールに包まれている。
人間との付き合いでは、農耕時代からの猫よりも、石器時代からの犬の方が長く人への忠誠心も高いが、犬が神格化されたことはなかった。
この理由は、大昔に意図的に人々の無意識層に刻印した象徴的メッセージの可能性があるのではないかと個人的に考えている。
 

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猫の起源は古代エジプト時代まで遡る。
古代エジプト人の祖先の一部がエチオピア・スーダン方面から移住して来たのは、紀元前3万年頃からと考えられている。そして、紀元前1万2千年頃から定住が始まり、 紀元前1万年頃に牧畜、紀元前9千年頃に農耕が始まったとされている。
 
実は、この牧畜が始まる時期は少数のアトランティス人がエジプトに上陸した時期と一致する。
そして古代エジプト人とは、アトランティス人とエジプトに定住していた原住民との混血なのであり、したがって、古代エジプト人の起源はこの時期に当たる紀元前9千年ということになる。
 
農耕が盛んになるにつれて、穀物貯蔵庫のネズミ対策のために次第に猫が重宝がられるようになってきた。
ネコを家畜化する一方で、古代エジプト人は猫を神として崇拝するようになった。
しかし崇拝の対象としては、猫の前はずっとライオンだった。この理由がこの記事のメインテーマであり後述する。
 
猫の瞳の鋭敏な変化は、太陽の回転に従うものであり、闇の中で物を見ることができるのは、夜、太陽がネコの目を通して下界を見るためだと考えられた。
こうした人々の信仰は、女神バステトを生んだ。
こうした背景の中で、第18王朝のときにライオンから猫に崇拝の対象が変わった。

猫とライオンは同じ猫族でシンボルとしては無意識的には同一なので、より親しみやすい猫に替えた方が永続的で確実だと神官たちが判断したのだろう。
 
 

ところで、地球の歳差運動の周期を知っているだろうか。地球は自転しながら太陽の周りを公転している。
だが地球にはそれ以外の動きがあり、その一つが歳差運動で、太陽と月の引力などの影響で起こる独特の回転現象である。
 
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北極と南極を結ぶ線を地球の軸とすると、この軸の両端が旋回運動をしている。コマが止まりかけるときに、軸の上部が旋回する動きとよく似ており、回転方向は自転方向とは逆だ。
この歳差運動のため、地上から見ると星空が定期的に回転しているように見える。だが、その動きは長い間観察しないとわからない。
なぜなら旋回を1回終えるのに25920年もかかるからである。したがって軸の北極側や南極側を延長した先端は、25920年かけて円を描くので、北極星も時代によって変化している。

さて、黄道とは太陽の通る道のことを言うが、この黄道の背後には星が輝いている。もちろん昼間は星が見えないが、夜明け前ならよく見える。春分の日の夜明けには太陽が真東から昇る。
太古の昔から、その時水平線や地平線上を太陽が通りぬける星座は特に注目されてきた。その星座は12あるが、これらは黄道十二宮と呼ばれている。360度÷12宮=30度で、1つの星座の割当てられた角度は30度になる。
 
360度を25920年かかって回るので、30度を通過するのに2160年要することになる。
キリストが生まれた頃から西暦2000年までは、春分の日の夜明けの地平線上の星座は魚座だった。
2000年以後の現在では、すでに水瓶座の時代が始まっていることになる。
みずがめ座のシンボルイメージは、英知の水が入った瓶を美少年が抱えている姿であろうか。
21世紀に爆発的に進化したITがそれを象徴しているといえよう。
 
今世紀の始めから1万2千年前に遡ると、獅子座の時代の始まりに当たる。
つまり紀元前1万年になるのだが、これは前述したようにアトランティス人がエジプトに上陸した時期になる。
キザの大ピラミッドの脇にあるスフィンクスは,真東をむいて地平線を見つめるポーズをとっている。
これは一年の始まりの春分の日の日の出の位置にある星座を見つめているということなのだ。
そしてライオンの姿なのは、獅子座の時代の始まりにここに新し文明が起こったことを記憶に残し、後世に伝えるための記念碑だったということなのである。
 
ライオン(獅子座)の時代に今日の文明の曙が始まったというメッセージは、猫の神性の中に封印されて現代まで受け継がれているのかもしれない。
 
 
 
 

惑星バルカンとアルカイダ

18世紀ウィリアム・ハーシェルによって天王星が発見された。その後天王星はガリレオらによって17世紀にも惑星と気づかず観測されていたことがわかり、その軌道が正確に分かった。
 19世紀になり、天王星はその外側に未知の新惑星を仮定しないと運動のズレを説明できなくなり、フランスのルヴェリエとイギリスのアダムズによって新惑星の位置が計算された。これが海王星の発見につながったのである。

 このようにしてルヴェリエの名声は高まったのだが、彼は水星の近日点が惑星の摂動以上にズレることにも気づき、水星の内側にも未発見の惑星が存在すると考えるようになった。
この未知の惑星に「バルカン」と名前を付けたのである。
 しかし太陽に近いこともあって誰も発見できず、19世紀中には水星の内側には直径50km以上の天体は存在しないことが明らかになったが、水星の軌道変化については説明は誰もできなかった。20世紀になりアインシュタインの相対性理論が近日点の移動を説明して一件落着となった。
 こうしてバルカンは、存在はしなかったが名前と意義だけは残ることになったのである。
 

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前置きが長くなったが、現在、同じように名前だけは世界中に知れわたっているものに、国際テロ組織「アルカイダ」がある。

 トルコ南部の地中海岸の港町アンタルヤは、地中海を航行するクルーザーが多く寄港する観光地である。2005年、この町の港の近くの家で火事が発生し、警察が火事の原因を調べてみると、家の中から750キログラムもの爆弾が見つかった。

 この事件でトルコ当局は、ルアイ・サクラ(Lu'ai Sakra)というシリア人の男を逮捕し、尋問した。するとサクラは、自分はアルカイダの幹部で、アンタルヤに入港するイスラエル人のクルーザーに爆弾を積んだ小船を突っ込ませて爆破テロを行う計画だったと自白した。そればかりでなく、昨年11月にトルコのイスタンブールでイギリス系銀行やユダヤ教の礼拝所が爆破された同時多発テロ事件に関与したほか、911事件にも実行犯たちにパスポートを用意するなど関与したことも明らかにした。

 サクラは「アルカイダで5番目に重要な人物」として報じられたが、彼はトルコの警察当局をもっと驚かせる別の話も明かした。それは、彼がこれまでにアメリカのCIAに2度拘束され、その際、エージェント(情報提供者、攪乱係、敵として働く人など)としてCIAのために働かないかと持ち掛けられて了承し、多額の活動資金ももらっていたという話だった。
 

 この件を報じたトルコの大手紙「ザマン」によると、CIAは2000年にトルコの諜報機関(MIT)に対し、サクラを捕まえてくれと連絡したが、MITも捕まえたサクラに対し、エージェントになるよう要請し、再び自由の身にしてやった。このほかサクラは、母国シリアの諜報機関(ムハバラート)からも、エージェントになれと要請され、アメリカ、トルコ、シリアという3つの国の諜報機関に情報を流す「三重スパイ」として機能していた。

 トルコ警察の担当者は、アルカイダの幹部を尋問するのが初めてだったので面食らったが、当局の内部で情報をすりあわせてみると、アルカイダの幹部がアメリカなどの諜報機関のエージェントでもあるという話は、よくあることだと分かった。

 トルコのテロ専門家はザマン紙に対し、「アルカイダという名前の組織は存在しない。アルカイダとは、テロ戦争を永続できる状況を作ることを目的としてCIAなどの諜報機関が行っている作戦の名前である」
「テロ戦争の目的は、常に低強度の危機が持続している状態を作ることで(アメリカが世界から頼られる)単独覇権体制を維持することにある」と述べている。

確かに911テロ以前にはアルカイダという名前が世に知られることはなかった。
CIAの作戦ファイル名としてのみ存在したからなのだろう。
 

ブッシュ政権後期のコンドリーザ・ライス元国務長官は、2010年10月のロサンゼルス・タイムズのインタビュー記事で述べている。
「911テロを実行した組織? あのアルカイダなるものは実際には存在しないと思う。」

 

 

カラス除け

 
カラス除けはホームセンターや100円ショップなどにビニール製のものがありますが、学習能力のあるカラスには効果は一時的なものでしかないようです。

ここはあるチキン加工工場です。内臓などの廃棄物目当てにやって来るカラス対策に本気で取り組んでいるようで、究極のモノを使っていました。
それはカラスの死骸をテグスに絡ませてぶら下げておくことでした。
ここに来るとこうなるということを理解できるのでカラスは1羽もおらず、来るのは数羽の雀だけでした。

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古箪笥

 
江戸末期か明治時代に作られた古いタンスを解体してみたら、なんと竹でできたクギが使われていました。
キリで孔を開け、細長く削った竹をぴったりフィットするように削って打ち込んでいました。
常識的に考えても、竹の適度な弾力性と引っ張り強度は木材の接合材としては適切なようです。
職人技の再発見でした。

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インディアン水車

 

鮭が遡上する川では、ふ化事業に用いるサケの親魚を捕獲しますが、小さな川では簡単な格子の籠を置いているだけです。
中規模以上になると、インディアン水車を利用して捕獲するところがあります。

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ここは十和田湖から流れる奥入瀬川の河口に近いところです。
名前の由来は、明治時代に西海岸のコロンビア川で使われていたのを日本に紹介したことからきているそうです。
水車といってもモーターを使っています。水力だけで回るのは北海道の千歳川だけのようです。
今回行ってみたときは残念ながら鮭は入っていませんでした。

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気になる看板

 

ユニークなキャッチコピーの看板が目に入りました。
上書きする前の文字を見ても、建築設計事務所のように見えますが、設計だけでなく工事と施工管理まで一貫して行なう住宅会社でした。

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事務所のデザインは喫茶店風で、実際に喫茶店と間違えて来る人もあるとか。
ユニークなのは、社長が女性棟梁で、大工さんの親方でもあることでした。
工場もあって、「レディース工房」という名がつけられています。
住宅の設計から施工まで、女性ならではのきめ細かな感性と配慮がセールスポイントなようです。

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いるか承認

 

これは漁船に貼ってあったステッカーです。さて、これが何なのか次の4つの中から選んでください。

A.イルカが認めてくれた船
B.イルカを誘導する船
C.イルカの捕獲を承認された船
D.イルカを運ぶ船

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遠野市観光協会では、「河童捕獲許可証」というのを発行しているそうです。
捕まえられるものなら捕まえてみろ、ということではっきり「捕獲許可証」と明示しているわけです。
捕ってもいいけど、まあ、あまり大っぴらにしないほうがいいよ、という場合はオブラートに包んだような表示になるのでしょうか…。

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